Eichin’s blog

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「父が娘に語る経済の話」を読んで

まず、経済を語る上で根本的な問い、「どうして世の中には格差があるか?」を話の軸として読み進めていきました。

この答えは、読み進めていく上で明らかになりましたが大方予想できるものでした。

それは簡単に言ってしまえば「市場社会があるから」でした。ですが本書では「なぜ市場社会があると格差が生まれるのか」、という問いまで深く詳しく掘り下げてくれます。

 

時は1万2000年前まで遡り、文字や債務、通貨、国家、官僚、軍隊、宗教ができたそもそもの理由は農業革命にあるとわかりました。作物の「余剰」がキーワードで、余剰を記録するために文字が、余剰を人々に配りそれを管理するために債務、通貨、国家が、そしてそれらを統制するために官僚、軍隊、宗教が誕生したという具合です。

 

世界には市場のある社会が産まれました。全てのものに交換価値がついている訳ではなく、ある程度自然と調和しながら経験価値を大切にしていくような社会がそれです。交換価値があるものや出来事がカネと交換できるのかを重んじるのに対し、ある出来事を喜びや悲しみといった感情に置き換えることを重んじるのが経験価値です。

 

しかし、イギリスで起こった産業革命と囲い込み政策によって市場社会が誕生します。市場のある社会と異なる点は、全てのものに交換価値がついているか否か、です。

市場社会が誕生したことで、人々は利益を追い求めるようになり、同時に借金が大量に発生しました。利益を生むためにはまずは借金をしなければなりません。銀行は借り手の将来に期待しておカネを貸し付けるリスクを負う代わりに、借り手から利子とその他の手数料を徴収する。銀行は何もない状態から電子的にキーボードを叩くだけでおカネを作ることができるので銀行は貸し付けまくりました。

 

産業革命により、経済が爆発的に成長しました。そして銀行は債権という仕組みを作りました。借金から生じた債権を投資家に売ることでもし借り手の事業が失敗して銀行に借金を返せなくなっても損するのは投資家であって銀行ではない。こうして、銀行は損をしにくくなり、どんどん儲かると思って貸し付けまくりました。

 

しかし、なんでも思い通りにはいかない。なにか裏があるでしょ?と私も思いました。

 

社会全体の借金が経済成長に追いつかなくなると銀行はバタバタ破綻していきました。銀行が破綻すれば経済も破綻します。そして銀行はおカネを貸し付けるのを渋るようになり、経済は逆回転することになります。

 

経済は自然と違って、我々がどう思うかに影響され、揉まれ、形づくられる、とありました。

また、市場社会の「マネーサプライ」である中央銀行は通貨が債務と税金と固く結びついている以上、政治家の影響や干渉を受けざるを得ない。

 

通貨は、政治とは切り離せない。このことは、中央銀行が政治と結びついている以上、市場社会は政治と密接に関わり合う。つまり世の中の決定事は政治家やお金を持つ権力者によって行われているということだ。現におカネを管理できるのは彼らひと握りの人たちだけなのだから。

 

筆者は通貨を民主化することが重要だと説いている。それは、通貨を国民全員で管理するという意味だと思う。つまりそれは「真の民主主義の前提は誰もが経済についてしっかりと意見を言えることだ。」という筆者の最大の主張にもつながる。

 

筆者の言いたいことは概ね最後の主張にまとめられると思う。それに関して私は甚だ同意する。真の民主主義はみんなの意見の多数決だ。貧困や、環境問題など今直面している深刻な課題に関して有効な解決策を提出できるのは実際にその課題に直面している人たちだと思う。彼らの意見が大きくなれば現実を前に進めることが出来ると思う。彼らの意見を大きくするためには、できるだけ多くの人々が政治に参加することだ。みんな経済や政治、お金のことが知らないから参加できない。

現実がよく分からないというフワフワした状態が存在しているんだ。日本には。まるで日本こそ、マトリックスのように誰かに操られているように思えてならない。死ぬまで安全で平和?どこに向かっているの?死ぬまで安全、は崩れてきた。現実が露呈し始めたんだ。今こそ変えるべきだ。変わるべきだ。みんなが。教育から。根幹から。

 

私はまだまだ勉強不足だが、これから民主主義についての基本的な考え方や歴史、金融について深堀りしたいと思う。